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卒業


ポツポツと桜の咲き始めた3月24日、ボン助は無事に小学校を卒業しました。

卒業式に行こうかどうか・・・さんざん悩んだんですけど・・・結局、行きませんでした。
なんだか、一杯思い出があって・・・ きっと泣いちゃうだろうと思ったので(笑)
泣くのは家内にお任せです。

でもやっぱり、沢山の思い出が・・・

5年生の運動会、盲腸を切って二週間入院して、食べるものも食べられず、お腹にチューブを刺したまま寝たきりの生活。
ようやく退院した翌々日でした。
予めタイムをとって、同じくらいの子を一緒に走らせるはずなのに・・
ダントツのビリ。それでも懸命に走る我が子の姿に、涙した思い出。

6年生の公開授業(授業参観のこと)お父さんは自分一人でした。
自分の姿を見て、迷惑そうにうつむくボン助。でも、その晩のことです。
お前、お父さんカッコイイし、お母さん美人なのに、なんでお前だけそんなんだ?って言われたって、なんだか少し嬉しそうに言ってくれた事。

陸上記録会。1000Mに出場するのは、身体が大きく、もう大人の身体になりつつある子ばかり。スタートで並んでも一番小さいボン助。
でも、精一杯頑張りました。精根尽き果てるまで走りました。
『あのちっちゃい子、早いねー』『あれ、●●ちゃん!頑張れ、●●ちゃん!』あちこちのサッカーママから応援してもらいながら、『あのちっちゃい子、お母さんが何人いるの?』なんて声も聞こえて・・・(笑)
結果は同組二位、総合区内第三位。立派でした。
そういえばこの頃は未だ一番小さい方だったのが、最近は随分背も伸びたなぁ・・・

そして何と言っても、これ抜きでは語れない、少年サッカー。
クラブでの活動でしたから、学校で褒めてもらうことはありませんでしたが、クラブのキャプテン、渋谷区代表、東京都第7ブロック代表として、数え切れない試合に出場、自分もそのほとんどを観戦してきました。
4年生で、長く一緒に闘って来た仲間の突然の移籍、後を引き継いだキャプテンは、なかなか勝てなくて辛い時期もありましたが、挫けずに、明るく頑張ってきました。
大雨の中、前の晩から続く激しい下痢と発熱を押しての強硬出場。だってそうです。他に代われる選手が居ないんですから。そんな身体で試合を2日続けて、その後3日間、コンコンと寝続けましたっけ。

5年生で、突然虫垂炎での入院、退院後の動けない身体・・・そして我がチーム何年ぶりかの、都大会出場を逃した試合・・・

不完全燃焼に終った全日本、夏の茨城での大会の優勝、MVP受賞。優勝した瞬間、仲間と抱き合って喜ぶ姿が、忘れられません。

さわやか杯での奮闘、続く選抜大会での切れの良い動き・・大勢のギャラリーが緊張で静まりかえった、都大会の決勝のピッチ。整列して入場するボン助は相変わらず一番小さかったけど、その姿に、思わず鳥肌が立ちました。何の邪念もなく、ただひたすら自分のサッカー、試合に集中する姿には、親馬鹿ですけど、感動すらおぼえました。

それから三ヶ月弱、受験へ向けての猛勉強。集中力と吸収のスピードは、父親の私から見ても鬼気迫るものがありました。誰も何も言わないのに、これでもかと云わんばかりに、しかもマイペースで調整していました。

そして迎えた受験、合格発表・・・
一番嬉しかったのは、やはり最初に発表の早実でしたね。電話でボン助の声を聞いた途端、涙が溢れて・・・声になりませんでした。

大隈講堂で、息子の入学式で、『都の西北』を熱唱するという夢は叶わなかったけど、大勢の塾OBの友人、知人に祝福して戴いて、お父さんは本当に嬉しかった。ちょっとですけど、鼻が高かったです。

思い起こせばあっと言う間の6年間、家族で一緒に歩んだ6年間・・・
たくさんの体験から本人も多くを学び、私たち親も、その一つ一つに一喜一憂しながら、色々な経験をさせてもらい、勉強させてもらう事ができました。

何より一番は、今この日を、家族一同健康で、明るく迎えられた事に感謝、感謝。

お世話になった方の中で、監督と担任の先生にお手紙を書きました。
『ありがとうございます』

これからも、あんまり頑張り過ぎないで、健康第一、ボチボチ行こう!
お世話になった皆様、有り難うございました。そしてこれからも、どうぞよろしくご指導のほど、お願い致します。

by tama1366 | 2006-03-29 11:59 | 学校

クラムジー


●13歳ごろ以降(Post-Golden Age)

  ①発育のスパート期(思春期スパート)を迎えるために、骨格の急激な成長が見られる。

  ②骨格の急激な成長により、身体の支点・力点・作用点に狂いが生じる。このために、新たな技術を習得するには不利な時期-クラムジー(Clumsy)と呼ばれる-となり、今までできていた技術が一時的にできなくなったりする。

  ③同時に、男性ホルモンの分泌が著しくなり、これは速筋線維の発達を促し、これまで身につけた技術をより速く、より強く発揮することが可能になる。

  ④これまであまり目立たなかった選手が急に頭角を現したり、逆に少年期のスターが単なる平凡なサッカー選手になったりする。

   → 新しい技術の獲得よりは、「今まで身につけた技術・習慣を実戦状況の中でも発揮」ということが課題となる。

この前、久々に試合での動きを見て、フェイントをかけた時にバランスを崩して転んでいました。
もしかすると、②の状態が始まったかなーと思います。

このところ急激に骨格が発達、身長も伸びてきたようです。なにしろ、よく寝ます(笑)
サッカーの方は受験のブランクと、少しトレーニングの間隔が開いていることもあり、今のコンディションは並以下・・・ジュニアユースのトレーニングに参加した途端、愕然とするんだろうと思います。

ま、それもよし。本人が気付いて初めて考えるんですからね。

明日はいよいよ小学校卒業式。受験のあと、きっと色々不安だったんでしょうか・・
少し元気のない時期があったように感じていましたが、今はそれもなく、毎日元気一一杯、最後の小学校生活を謳歌している様子です。

ちょっとだらけ過ぎかも?それもドンマイか。

今しか出来ないこと、精一杯できればいいですよね。

by tama1366 | 2006-03-23 12:21 | 雑事

信じるしかないですもの


事件の事を知ったのは、受験して合格して、入学手続きをして他校にお断りの連絡を入れて式服買って・・・その後でした。

入学を楽しみにしている我が子になんと説明したら良いのかと考えました。

我が家を含め、これから入学を楽しみにしている160名の新入生達、在校生、先生、SFCのOB、そしておそらく何十万の慶應OB皆さんが、この事件を知って心を痛められたことでしょう。
人に迷惑をかければ、自分や直接の被害者の方だけではなく、それほど多くの人々の心を痛め、迷惑をかけるのだということを教えました。

そしてもう一つ、これから事件とは関係のない他の在校生、これから入学する生徒にも、批判や中傷の目を向けられることがあるかもしれないけれど、一方で、皆を励まし応援してくれる人も必ずある。批判や中傷には黙って耐え、先生や仲間を信頼して、何より自身が母校を愛し、真面目に目標に向かって努力し、いずれ社会の役に立つ人間になって、お世話になった皆さんや支えて下さった皆さんに恩返しをするしかない・・・と。

事件は、残念です。しかし私達、そしてこれからSFCを目指す皆様には、我が子や皆さんを信じて、毎日を明るく、一生懸命過ごす事が大切かと思っております。

by tama1366 | 2006-03-20 11:18 | 学校

トラックバック!


なんか、気が付かなかったんですけど、トラックバック見たら

『中学受験に役立つ本!』とか書いてありましたので、一言。

一番大切なのは、『他人は他人、うちはうち』と人のやり方とか一切気にせず、周囲の様々な雑音にも揺るがされる事なく、わが道はコレ!と思った道を貫くことができるかどうか・・・ではないでしょうか。

うちは一応学校きまりましたけど、11月までサッカー一生懸命やってて、周りには『はぁ?サッカー????』とか言われましたし、それまでは塾もサッカーの練習で休みがちで・・・
今日はサッカーでお休みします・・・って何度塾に電話したかわからないですし、そのたびに先生の反応は『・・・・・』で、結構辛かったですよ(笑)他にそんな子はいませんでしたし。

受験がらみの本とか色々読んでみましたけど、何か他の事に打ち込んでて、勉強も・・・なんてのは6年生になったら有り得ない。論外!!って感じでそういう子供をフォローしてくれる文章にお目にかかったこと、なかったですね。

チームに受験生はうち以外に二人だけ・・・しかも、そのうちの一人とはそういう話ほとんどしなかったから、唯一一人だけが同じ悩みや不安を共有できる友達でした。
その意味では結構孤独でしたね。

でも、うちはうち・・・って考えられずに周りの雰囲気に飲まれて子供あおってたら、絶対今日はなかったと思います。

その子、その子で、やる気になる時期も、伸びる時期も、その方法も違うんだということを、是非理解したほうがいいです。
その上で、この子に合った選択肢を親子で考えて、あとは本人が目標にむかって努力できるか、その気力、体力があるかです。

一年も二年もそんな事やってたら、誰でもくたびれちゃいますよ。未だ12歳、集中する時間や時期、気晴らしとか、勉強以外に打ち込むものとか、睡眠もたっぷり必要ですし、親がスケジュールばっちり管理してヒタスラ勉強させるとか、話を聞きますけど、やらされたら、やっぱり伸びませんよね・・。

     と・・・ずっと思っていました。でもこれもうちの考えであって、人のうちの事に嘴をはさむつもりは全然ありませんし、従って、日常生活の中では思っても絶対口に出しません。

てなわけで、ブログで思いっきり書かせてもらって発散させていただきました。
読んで不快に思った方がいらっしゃったらごめんなさい。

by tama1366 | 2006-03-13 11:59 | 受験

はぁー・・・


SFCで不祥事発生。

怖れていた事態が現実になりました。
昨日のニュースで、横浜で高校生がビル屋上から土のうを投げすて、逮捕された事件。
防犯カメラなどに写った制服姿から、藤沢の高校生が犯行を認め、逮捕されたと報道されました。
藤沢の私立高校??
もしや??
やっべーじゃん・・・
どのニュースや新聞見ても、学校名が出てこないところが、なんとなく強大なバックボーンを感じさせてくれて、なおさら不安が募ります。

もしかするとスポーツ紙は学校名すっぱ抜いてるかもなぁ・・・と思いつつ、行きつけの喫茶店で複数のスポーツ紙に目を通すと・・・
ありました。しかも、学校名がデカデカ。一目であーやっぱり・・・って感じです。

全国紙は『藤沢市の私立高校1年生』と標記し、ほとんどのスポーツ紙も大きくは取り上げていませんし、学校名も伏せてありましたが、スポニチだけは違いました。

学校名が大見出し(笑)

そりゃ、ねーよなぁ・・・

学校は、極めて遺憾のコメントを発表。退学も含めた厳正な処分を考えている・・との報道。

学校は、1992年にKOの中では最も新しい付属校として開校し、中等部497、高等部709の生徒が在席し大学のキャンパス内にある・・との解説つきです。

しかも、学校内ではウチの生徒の仕業だと話題になっていた・・・とのおまけ付き。

いやな予感がしたんですよね。
実は自分が高等学院入学が決まって希望に胸ふくらませた丁度3月の今頃のときのこと、もう27年前のことです。高校1年生がおばあちゃんをバットで殴り殺すという衝撃的な事件があり、マスコミを賑わせました。実はこの生徒が自分の入る予定の高等学院の1年生。そう知った時は、なんか、いやーな感じでしたけど・・
中学の同級生には、おい、おばあちゃん殴り殺すなよ!なんて冗談で言われたり。

そういえば、自分も入学を控えたこの時期に、そんないやーな事件あったよなーと思い出して、ちとイヤな予感がしたんですけど、当っちゃって・・・はぁーーって感じです。

部長(校長先生をこう呼ぶんですね)先生、たいへんでしょうね。責任問題ですよね。
考えたら、たった一人か二人の心無い生徒の行動で、学校法人全体、OB,その兄弟父兄、これから入学する生徒、父兄、関係者、数え切れない人につらい思いをさせることになる。

もちろん、生徒はそんな事まで考えていなかったでしょうけど・・・
結果としてそうなってしまう。

ボン助には、その事を教えなければいけないと思いました。自分が退学になるだけじゃない。
見ず知らずの多くの人の迷惑になるんだということ・・

なんだかホンワカして浮かれてばっかりでしたから、丁度いいきっかけになったかもしれません。

でも、残念。無念。
我が子の育て方、もう一度きちんと考えなくては・・・と思いました。

by tama1366 | 2006-03-10 11:39 | 学校

ボン助、ダウン!


疲れがたまってたですかね・・・

新中1ジュニアユースの練習会。
7時までのはずが、待てど暮せど帰ってこないから、心配しました。
9時を回ってようやく帰ってきたボン助。心配した家内が外で迎えた時、青白い顔して、今にもぶっ倒れそうでした。
練習中はどうってことなかったみたいなんですけど・・・
終って、帰途についた途端、気持ち悪くなって・・表参道の駅であげちゃったんだそうです。
ふらふらしながら家の近くまで来てもまたあげちゃったみたいで。

先週、一日も休まずに練習。
そして週末、土日も試合。

休む間もなく、月曜から練習・・・・
なんか、菌でももらったとき、もはや抵抗力もなかったのでしょう。

受験で、約三ヶ月練習から遠ざかって、復帰して未だ一ヶ月。ぼちぼち身体が慣れる間もなく、休みなく練習で・・・

きっと、身体が悲鳴をあげちゃったんですね。
休むのも練習。そう心得ています。

今日は学校休んで少し身体休めたらいいよ。早く直して、又ボチボチ始めようぜ!!

by tama1366 | 2006-03-07 11:10 | 子育て

本当はね・・・


私には気を遣っていたのでしょうか。

早稲田、早稲田と『都の西北』を子守唄に育てたオヤジの前では、本当は慶應に行きたいんだ
なんて言えなかったのかなぁ。

『うん、私は、前から解っていたわよ』 家内に言われました。
本当は、初めから慶應に行きたかったのかぁ・・そうつぶやいた時です。

子供心に、オヤジには負けたくない!っていう気持ちがあるのかもしれません。
例えば、早実に進んでも、今度は難関(早実からの進学者の割合は比較的少ない)法学部へ進まなければ・・というプレッシャーに苛まされることになる。

ならば、ライバルとして、慶應で永遠にライバルとしての道を歩む方が、はるかに気楽?

子供心にそんな事まで考えていたのかどうかは解りませんが・・・

そんなつもりは少しも無かったのですが、早稲田、早稲田って・・結局暗にいつか早稲田に入れ!
ってプレッシャーをかけ続けていたのかもしれませんね。

期待。

するなといわれても、やっぱり何処かで期待するし、可愛いし。
だから叱るし、褒めるし、その行動の一つ一つに実は一喜一憂しているし・・・

高校時代の同級生が、一人病に倒れ、亡くなりました。
初めに聞いたのが、『子供は?』という事でした。
子供はいなかったと聞いて、少しだけほっとしました。

自分は絶対に未だ死ねない。そう思いました。

子供達のために・・・大切な家族のために・・・

by tama1366 | 2006-03-04 11:44 | 学校

O先生にご報告


O先生は、僕の尊敬する慶應義塾出身のいわゆる『大物弁護士』です。

先生と知り合ったのは、もう15年も前、仕事を通じて交流のあった慶應OBの友人が、近くのスナックに連れて行ってくれた時の事、なんの変哲もないそのスナックに、先生はいらっしゃいました。

友人に紹介されて名刺を差し出すと、『あー●●くん。お父さんはよく存じ上げています。新宿では、古い方ですよね・・』と。
その後何度もお目にかかるうちに、なんだか仲良くなって、終いには早稲田の校歌謡わされたり、一緒にカラオケでデュエットしたり・・(笑)

そういえば、オヤジが言ってたっけ。半蔵門の100坪以上もある事務所で、弁護士が何十人もいて、すげー弁護士がいた・・・っていうお話。

あの話の先生?

雰囲気はすごーくあるんだけど、なんか、小柄だし・・(失礼)そんな『大物』っていう雰囲気ではありません。なんか、つまんないジョーク飛ばして(笑)

でもお父様の代から有名な大物弁護士なんだそうです。

ある時、仕事で交渉にうかがった先が、とある大富豪でした。大富豪は難しい交渉ごとは自分ではしないのですね。弁護士に任せてあるから、そちらに行け・・と。で、行った先がなんと、O先生の事務所で・・その件で出ていらっしゃったのも、O先生(笑)
事務所のデカイ事、立派な事・・・圧倒されてしましました。

『あー●●クン。キミ、明るいところで会うの、初めてじゃない?』
難しい話も難しくなく、お互いに良い方向に進んだのは、言うまでもありません。たしかに昼間お会いするのは初めてで、普段スナックではすごく気さくでくだらないジョークを飛ばしているのに、仕事の時はビシッとしてにこりともしない厳しい表情が印象的でした。

そんなこんなで、公私にわたってお世話になっているO先生。

なんだか、ボン助が先生の後輩になった話、伝えたくなりました。
受験だなんだで、夜遊びも控えていましたので、すごーく久しぶりにそのスナックに赴きました。

ドアをあけると、いつものように、カウンターの席に先生が一人と、いつものお店のお姉さんが居て。

自分が隣に立つと、久しぶり・・というような表情で握手を求めてくださいました。

『先生、お久しぶりです。実は、うちの坊主がKOのお世話になることになりまして、先生にご報告に参りました』

何も言わずに、にやりと笑みをうかべて再び握手を求めて手を差し出して下さった先生。

くだらない馬鹿話に花が咲いて、ご一緒させていただく事1時間。キミも、僕と一緒だね・・とおっしゃいますので、?と聞いてみると、先生のご子息はKOと東大に合格して、東大に行っちゃったんだそうです。ウチの坊主も、我が母校の付属蹴っ飛ばしましたっけ(笑)

そろそろ先生お帰りの時間です。

お見送りした自分に、もう一度、握手を求めてくださいました。

なんだか、すごーく嬉しかったです。
お見送りしたあと、ママさんが言って下さいました。
『先生、口には出されないけど、すごーく嬉しいのよ』

やっぱり、報告に来て良かった。
先生、これからもまた、色々とご指導よろしくお願いしますねf(^_^)

by tama1366 | 2006-03-03 12:25 | 雑事